sside.net

私的Game of the Year: 2016

もう2017年も終わりそうですが、できるうちにやらないと永久にやらなくなるので、去年のゲーム、2016年の良かったゲームの話をします。

2016年中に発売されて2016年中にやったゲーム

カッコ内はプレイしたプラットフォーム。

  1. Dangerous Golf (Windows)
  2. Darkest Dungeon (Windows)
  3. The Division (PlayStation 4)
  4. Final Fantasy X / X2 HD Remaster (Windows)
  5. Forza Horizon 3 (Windows)
  6. INSIDE (Windows)
  7. Need for Speed(2015) (Windows)
  8. Ori and the Blind Forest: Defenitive Edition (Windows)
  9. Quantum Break (Windows)
  10. Sid Meier’s Civilization 6 (Windows)
  11. Titanfall 2 (PlayStation 4)
  12. Uncharted 4: A Thief’s End (PlayStation 4)
  13. Watch_Dogs 2 (Windows)
  14. XCOM 2 (Windows)
  15. 人喰いの大鷲トリコ (PlayStation 4)

Rise of the Tomb RaiderとかWindows版GTA5とかリリースは2015年だけど2016年中にプレイしたゲームとか、VA-11 Hall-Aみたいにこれからプレイしようとして2016年のゲームもありますが、特にメモも取ってないので今回は置いておきます。

以下、良かったゲームの話。

INSIDE

言ってみれば上質な映画を見たかのような4時間。画面に映る全てに物語的な意味があり、操作できるすべての事柄に表現としての意味があり、なおかつゲームデザイン上の意味があります。

ジャンルはパズルプラットフォーマーなのだけれど、雰囲気は暗く、冒頭から主人公の少年は、見つかると殺されてしまう黒服から逃げるために、画面右に向かう。冒頭の画面左側は切り立っていて戻ることはできない。これは「拉致や人殺しを躊躇わない黒服がいる」世界観と、右に進行するゲームの誘導が成り立っている。

その暗い雰囲気の中で、時折光が見えることがあるが、目に刺さるとともに印象に残る。1つ2つのパズルを解くと、この世界の光は「プレイヤーが進むべき場所」「注視する場所」ひいては「安全な場所」として、自ずと意識するようになる。この光にも、本作のラストに至り「この世界で『光が差す』とは特別な意味があったのではないか?」と思い起こされることになるが、ではその光は誰が齎したものなのか?「そりゃあゲームのクリエイターに決まってるだろ」と未プレイならば言うだろうけれど、この作品に限っては「ではその誰か(クリエイター)は何故光を齎したのか」が真エンディングの内容も含めて重層的な意味を持っている。

全てのフレーム、全てのピクセル、全ての入力へのレスポンスに計り知れないほどの意図が詰まっており、その上で芸術としてもエンターテインメントとしても最高の作品に仕上がっている。

このゲームのプレイボリュームは、本編に4時間、真エンディングのための要素埋めに2時間程度しかない。でも、このゲームを誰かと語らうならば、その倍あっても足りない。映画には時を超えて語られるマスターピースのような作品があるが、ビデオゲームがインタラクティブメディアとしての体験や思い出という尺度ではなく、その芸術性で並んだと言わしめるに足る大傑作です。

正直このゲームについてはこの世に未プレイの人間がいるのなら内容すら語りたくない。あんまりネタバレって言葉が好きじゃないというか、素晴らしい作品というのは「物語がAしてBしたらCした」ことをバラされたとして、その程度で毀損する体験じゃないだろうと思いますし、その程度で体験が毀損したと思うのならば、お前の感性がどうかしてるしお前みたいなやつが「10頁で読む古典文学要約」とか買うんだろとさえ思っています。が、本作に限っては全ての要素が密接に、かつ綿密に構成されているので何も伝えたくない。ピュアな状態で、先入観なくプレイしてほしい、もしプレイするのならその体験を汚したくない。そんな思いにさえさせられる作品。

Need for Speed (2015)

PC版の発売は16年3月なので、2016年のゲームですよ。

Need for Speedといえば、シリーズ最高傑作と名高い2005年版Most Wanted(a.k.a 22-Character Limit)以来、現代ビデオゲームにおける「ゲームと実写の融合」の最先端を走り続けてる最高のレースゲームフランチャイズです。「グリーンバックで演技する役者がゲーム内世界のプリレンダと合成される」実写ゲームの新たな地平を開いたMost Wanted。それから10年、その実写表現はEA DICEのFrostbiteエンジンを使った実にGI味のあるリアルタイムグラフィックスと融合を果たし「リアルタイムレンダリングされるゲーム内世界にグリーンバックで演技する役者が違和感なく溶け込んでいる」本作のカットシーンは、どこからどこまでが実写で、どこからどこまでがマシンのGPUで描画されてるのか全く訳が分からなくなっており、必見です。

ゲームプレイ部分も、操作感がアーケードライクから一歩踏み込んだ「オープンワールドの探索にはどのような調整が必要か」が考えられた、ドリフト偏重の小回りの利く調整。カメラもドリフトに絶妙に追従しきらない、マシンを斜めから見た臨場感のある調整で、平時からテンションを下げない造り。白眉は、オープンワールドの間延び感を「写真を撮るナイススポット」「マシンの強化パーツ」「ドーナッツスピンできる場所」などを膨大に設置することで、移動もそれほど退屈しない造りになっていること。この辺、似たようなゲームを10年作り続けて、評価面では何度も失敗してきた老舗フランチャイズの根性があります。

オープンワールドなレベルデザインも同様で「気持ちよく走れる」「適度な歯ごたえがある」「マシンを強化すると難度が豹変する」あたり、言語化はしにくいんですけどCarbonやMost Wanted(2012)などの失敗が如実に生きた、良いデザインです。

しかもこのゲーム、実写以外のゲームパートも本当に絵になるんですよ。空気感のある、それでいてギリギリ過剰にならないライト群やリフレクションのエフェクト。リアルかといえばリアルじゃないんだけど、実にセンスがある。このカッコよさこそがNeed for Speed最大の武器だし、作ってる側も承知でそのカッコよさを先鋭化させてきたところがあります。問題としては、ゲーム中一貫して夜なので、コースレイアウトの一部に視認性の難があるところとか、雰囲気に変わり映えがないとかはあるんですけど、それはそれで。

ビデオゲームがポップカルチャーになって久しいけれど、その中でカッコいいゲームといえばNeed for Speedが最右翼だし、そこにしっかり回帰した快作です。

人喰いの大鷲トリコ

架空の生き物であるトリコはどこで生きているのか。ストーリーも冒頭からして「トリコとの思い出を主人公が語る」形で、冒頭のムービーでは劇中世界の図鑑にトリコを見る。トリコという生き物と一緒にいた時間こそが核となっている。

トリコはディスプレイの中、PlayStation 4コンソールの中、引いてはその中に構築された「世界の中で生きて」いる。

世界とは。おれの世界では今おれがキーボードをタイプしているときに、どこかのマンションでは常夜灯に電源が入っているかもしれない。家の近くの国道を100km走った先では学生がバイクと接触事故を起こしているかもしれない。大切にされていなかった猫がいよいよ寿命を迎えているかもしれない。その隣の家では毛布で犬が眠りについているかもしれない。これら全ては厳密にはバタフライエフェクト的に関係があるが、大体関係ない。だが、それらの無機物、有機物、人、畜生、すべて一人称をそれぞれ持っている。無数の一人称の時間はそれぞれ粛々と進んでいる。

では、トリコのいる世界とは、この世界とは異なるが、時間が流れ、それぞれ無数の一人称が存在している。プレイヤーは主人公の少年でこそあれ、それ以外のすべはそれぞれの時間が流れている。

その時間を司っているのがゲームループで、本作で起こるほぼ全ての出来事は、ゲームループの中でリアルタイムに進行している。トリコに摑まって空を疾走するカットシーンでさえ「トリコは空を飛んでいる」が「少年はコントローラの操作系内でトリコに摑まっている一個のキャラクター」であることを崩さない。

トリコはあくまで少年にたまたまついてきた獣に過ぎず、少年の意を介さない。少年が注視してほしいと指さしても、トリコは自身の興味を引いたものに注目する。トリコが度々少年を守り、少年もトリコを助けるうちに「なんとなく」少年の意図するところを察するようになる。トリコと少年はサイズが異なる。少年の入れる隙間にトリコは入れないし、トリコが軽々と飛び越える断崖は少年に乗り越えることはできない。そんな時、互いの違いから困惑するトリコの顔が見える。

トリコは時折少年を守り、傷つく。艶々とした毛並みが血で汚れていく。何故トリコが傷ついてまで少年を守るのかは、少年との絆が生まれたのか、もともとトリコはそのような本能を持っていたのか、それともトリコの目的として少年が必要だったのか、それは分からない。何故猫は飼い猫になるのか、飼い犬は忠誠心に似たものを見せるのか分からないのと同じで。

ただ、そのような出来事があったと淡々と語られる回顧録だった。それでも、最後に翼をはためかせたトリコを見たときはやっぱり泣くよ。

その他の良かったゲーム

Watch_Dogs 2

オープンワールドアドベンチャーとしても、カリフォルニアのいい感じの雰囲気とか、AIが織りなすオープンワールド特有の連鎖的な出来事とか、意外にもちゃんとステルスの生きるレベルデザインとか、良作なんですけど、やっぱりギークカルチャーの表現が最高に愉快かつ練り込まれてる。

携帯電話によってほぼ全ての人達が本当にインターネットに繋がってしまった現代の所謂ギークカルチャーを、こんなにひょうきんに表現してる脚本は見事の一語。「ナイトライダー新作のTrailer、実に糞だし新しいナイト2000、AIも自動運転もないただの車じゃねえか!」と映画スタジオからナイト2000パクって遠隔操作で暴走させて私製TrailerをYoutubeにアップするシナリオ。「テクノロジーカルトのご本尊を暴こうぜ」とカルト本拠に忍び込んでご本尊の隕石(中身は空の張りぼて)を壊しちまうシナリオとか。

陰気に破壊の限りを尽くした前作も大好きなんですが、陽気な続編はエンターテインメントとして質が違う。2のが傑作。

The Division

あの衝撃的なファーストトレイラーから3年、本当に世に出たのは良かったんですが、やっぱりMMORPGってのはあのBungieでさえ上手くいかない、難しいジャンルなのだなあと。それでも3か月くらいは楽しめましたが、やっぱり追加要素まで数か月待つ間同じゲームプレイってのは耐えられないですね。最初は最高に面白かったんですが、やっぱりデイリー報酬目当てに回すようになると虚無感が出る。

肝入りのSnowdropエンジンのvolumetric lightエフェクトやscreen space refrectionは確かに凄いんですけど、特にvolumetric lightはやりすぎて前が見えないとか、どこもかしこも反射してるせいであんまり落ち着かない画面。あとHUDはエフェクト無視して機能してるので、違和感というか結局敵の頭に表示されるHPゲージの少し下を打ってればいいじゃんとなり、ビジュアルの気合の入り方がゲームプレイに上手く寄与してないところも。

ただ、point cloudで表現される上に、近づくとバラバラになるインタラクションのある過去ダイアログはSF的な演出として新しい地平を切り拓いてます。2013年の時はこの美意識で一貫しようとしたんだろうけど、ゲームとして纏めるにあたって角が取れたんですかね…。

後、本作からUbi入りしたはずのMassive、カメラもアニメーションも操作時のレスポンスも完全にUbiゲーのそれで、Ubiに触れたものは皆Ubiっぽい味付けにされてしまうのか…?!とちょっと笑った。

Uncharted 4: A Thief’s End

本邦リアルタイムグラフィックステクノロジーでは全く他の追随を許さないNaughty DogのPlayStation 4処女作ですが、Uncharted 2で見せた「何故こんな事が出来ているのか分からない」超絶レンダリングは健在。洞窟などの暗所でライトを当てた個所からの照り返しが、更にキャラクターに反射して周囲環境に照り返しているのを見たときは本気で頭おかしいとしか言いようがなかった。

ゲーム内容は副題(関係ないが日本語版は毎回原題と全く意味が違う副題が付けられている)通り、シリーズ最終作か、少なくともシリーズでずっと主人公だったNathan Drakeはこの作品でリタイア。1で付き合って以来2、3でずっと「もうこんな冒険はしないって言ったじゃない!」と喧嘩してきたElenaと落としどころを見つけるストーリーに、1の冒頭に回帰する綺麗な落としどころが見つかって大団円。エンディング見たときはほっこりしました。もうNolan Northの”No! no no no no no!”が聞けないのはちょっとしんみり。

所感

今年(2017年)は全然ゲームやれてなくて、去年は更にゲームやれてなかったなあと思っていましたが、思ったよりプレイしててちょっと安心した。

当年に発売されたゲームを当年にプレイしたもののみ纏めているのは、やはりビデオゲームには旬があるという考え方によるものです。今年はアイドルマスター ミリオンライブが終了すると発表されて、サービス終了後はプレイデータも、パッケージも、ゲームそのものも完全に消滅することに。本当にどこにも残らないゲームの存在が意識された年です。このような例は以前からあり、Xbox 360のShadowrunのようなオンライン専用のパッケージではサービスが終わるとそのゲームは存在しないに等しいし、サービスが終わらなくてもオンラインの人口がゼロになればそのゲームは終わったも同然でした。

メディアとしてのビデオゲームの進歩、進化もリアルタイムに追っていかないと「DQ11の水表現が凄い」みたいな間抜けなことになるし、コンソールのタイトルだと同一世代内での進歩が見えなくなるわけで。今Xbox 360のGears of Warの1と2と3を連続でプレイしたら同じハードウェアで動いてるって信じられないですからね。ゲーム自体は音楽が最高な1が一番面白いのは置いておいても。

ということで2017年が終わったらまた同じようなエントリを上げようと思います。